「国旗」と「国家」
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〜国旗「日の丸」と国家「君が代」〜
 日本の国旗(こっき)・日の丸は、さし昇る太陽を型どったものです。太腸(たいよう)の光や熱は、すべての生き物が生きていくのになくてはならないものであり、命の源(みなもと)とされています。この自然の恵(めぐ)みを「ありがたい」と感謝する日本人の心を表しています。日の丸の「白」は、清く(きよ)けがれのない気持ちで生活したいという日本人の生き方を表わし、「赤」は、偽(いつわ)りのない真心(まごころ)を表(あら)わしています。
 日の丸が歴史に登場するのは、今から約千三百年前、大宝元年(たいほうがんねん)(西暦701年)文武天皇(もんむてんのう)の時代、朝廷(ちょうてい)の元旦の行事で用いられた「日像(にっしょう)」が起源だとされています。 それが日本を代表する旗(はた)として登場するようになったのは、日本が近代(きんだい)の国際社会に参加した時でした。当時、外国が日本に国交(こっこう)を求めて頻繁(ひんぱん)に来航し、外国船と日本の船とを識別することが必要になっていました。そこで薩摩藩主(さつまはんしゅ)・島津斉彬(しまづなりあきら )が幕府に建議(けんぎ)し、幕府はこれを入れて安改元年(西暦1854年)、「異国船(いこくせん)に紛ぎ(まぎ)れざるように日本総船印は白地に日の丸幟(のぼり)」と定めました。明治の新政府も明治三年(西暦1870年)、改めて日の丸を「国旗」として布告(ふこく)しました。
門前に掲(かか)げるときは、家の外から見て左に掲げます。
二本交差(こうさ)して掲げるときは、外から見て右の方が前に出るようにします。
掲揚(けいよう)時間は日の出から日没までとなります。雨天の時は掲げません
(但し、屋根(やね)がある場所では掲揚します。)
国旗の掲揚、降納(こうのう)に際しては、起立、黙礼(もくれい)、あるいは脱帽(だつぼう)します。
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