- 由緒
後冷泉天皇天喜4年陸奥の豪族阿部頼時乱を起こし朝廷源頼義に命じて頼時を討しむ。頼義子義家と共に男山八幡宮に賊徒平定の祈願籠め祠官に請ふて神像を奉じて東征し各地に賊を戦減す。乱平ぐに及んで坪沼の邑中央の丘に社殿を建立し神像を鎮座し奉り一族の将を根源舘に居城せしめ地方鎮撫と共に代々神社に奉仕せしめたり。後数拾代世は戦国時代となり将兵の多くは帰農するに及んで村落の鎮守と仰ぎ天台宗赤石山圓通寺頼光院を別当とし毎年8月15日祭事の任に當らしむ。社伝云々。明治5年4月村社に列す。同44年5月幣帛供進社に指定された。
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